靴下洗濯問題の美しい解法
はじめに
先日、ふと思いついて次のような問題を投稿した。
高橋くんは十分大きなN組の相異なる靴下を持っています。この2N本から無作為にN本選んで洗濯し、残りのN本は捨てました。さらに、洗濯したN本のうち、相方が捨てられてしまった靴下も捨てました。この操作を1回行ったあと、残っている高橋くんの靴下の割合の、N→∞における極限を求めてください。
— かりばぁ🐬(右上のかりんちゃん) (@KRiver1) 2018年11月12日
問題は以下の通りだ。
まず、組の相異なる靴下を用意する。組なので、当然靴下は全部で本あることになる。
次に、この本の靴下から、無作為に本の靴下を選択する。
そして、選択した本の靴下の中で、ペアが揃っている靴下が何組あるかを数える。
このときの揃っている靴下の組をとするとき、期待値(とそのの極限)を求めるという問題だ。
この問題について、仕事の早い友人から非常に綺麗で美しい解法を貰ったので、ぜひとも紹介させてほしい。
もちろん、興味のある人は先に自分で解いてみるといいと思う。
解法
まず、の期待値を求めたいので、を計算する。
そのために、本の靴下を選択する組み合わせを数えることにしよう。
本の靴下を選択する組み合わせは、全部で通りである。これをとおく。
一方、をまず考えると、これは靴下が1組も揃わない場合だから、すべての靴下について右か左を選択することになる。
ゆえに、この組み合わせは通りであり、である。
また、を考えると、まず揃う靴下の組を1つ選択して、次に両方とも選択されない靴下の組を1つ選んで、最後に残り組の左右を決めることになるから、この組み合わせは通りであり、である。
同様に考えて、は、
となることがわかる。ただし、が偶数であることを仮定した。
(以下の議論はが奇数でもおおよそ成り立つし、最後は極限に飛ばすのでおおよそ問題ない。)
したがって、期待値は
となる。
さて、このように組み合わせと期待値が登場する場合、組み合わせに関する等式
を用いてを消滅せしめることがよく行われる。今回もそれを用いて、
とする。
ここまでは進んだ方もいるのではないだろうか。
ここからが本当の問題である。この複雑な組み合わせに関する式をどう計算すればよいだろうか。
ここで、右辺の組み合わせの積をよく凝視してみる。
すると、シグマの中が
という形をしていることに気づけるだろう。
すなわちこれは、「個のモノの中から、まず個を取り、次に個を取る組み合わせ」の数だけを掛けた値である。
見覚えのある形だ。
そう、二項定理である。
二項定理は次のような等式だった。
これがなぜ成り立つのかというと、を展開した時に、を回、を回掛けた項が出てくる重複回数が、ちょうど回に等しいからであり、それをすべてのについて考えた結果は、ちょうどの展開した項をすべて考えた結果に等しくなるからである。
ゆえに、今回も同じように考えればよい。
であるから、これをすべてのについて足した和は「回選べる状況で、を回、を回、残りはを選択した」値になっている。
これがもし、
のようになっていれば、二項定理の応用(三項定理とでも呼べばよいだろうか)で答えはとなっていただろう。
ところが、今回はそうではなく、
と、シグマが一個少なくなっている。
これが何を表しているのか。
つまり、「の展開項のうち、2つ目のと1つ目のを選んだ回数の差がちょうどであるような項だけを足した値」を表しているということになる。
より具体的に言えば、(負の冪を含む)多項式の、の係数がちょうどに等しいのである。
さて、ではこの係数、のの係数を求めれば良いとわかったところで、これをどう求めればよいだろうか。
実はここでも二項定理を用いる。
二項定理にしたいので、3つも項があるいまの状況は困りものだ。
そこで、次の事実を用いよう。
これを用いて、上の式を書き換えると以下のようになる。
これはについての多項式であり、この式のの係数が求めたい値である。
これは明らかに「個の因数において個を、個を取る場合の数」に等しいから、この値はであるとわかる。
以上より、
となり、このの極限はである。
おわりに
というわけで、二項定理を駆使し、組み合わせの和をうまく回避することで、靴下問題を解くことができた。
この解法の面白いところは、具体的な計算がほとんど出てこず、そのかわりに求めるべき組み合わせの物理的意味がころころと変わるところである。
途中多項式の係数を経て、再び二項定理で組み合わせに戻ってくるところなどは、感動でため息さえ出てしまう。
こういう美しい解法が、日常の思いもかけない疑問から生まれてくるから、数学は楽しいのだ。
解法を送ってくれた友人に心から感謝したい。